[ 2004.03.01 ]
平川先生の元で書を再開して3年程たった或日、「お前にはもう手本はいらん、法帖を見て直接書いて来い」と言われた。当時は会社勤めの傍らではあったが、書が面白くなり毎日よく書いていた。特に日曜日などは一日で半紙1箱(1000枚)、条幅一反(100枚)位を取付かれた様に書いていた。先生の手本そっくりに。「どちらが手本か分からん」と言われる様になっていたし、自分でもある程度書ける様な錯覚がしていた。

手本を貰えなくなって忽ちぬかるみに落込んだ。法帖を見て直接書くと云う事がこんなに難しいのかと、書けない自分が情けなくなった。こんな筈ではなかったと。もがいてももがいても底無し 沼の思いだった。先生は「大いに苦しんでその壁を自分で乗り越えろ」を厳しさと慈悲の眼で見守って下さった。この頃から書以外の美術全般にわたって一段と興味を深め、絵・彫刻・デザイン・写真・生花など芸術論から各分野の実技講習などを含め、空間、バランス、リズム、色など全てのアートの共通性をこの時認識した。そして私の書もいつしか泥沼から開放されていった。
(月刊「書の美」2004年3月号『徒然なるままに』より)