[ 2002.12.01 ]
朝、ホテル内の一階レストランヘ朝食に下りていくと「先生の記事が新聞に載っていますね」と声を掛けられた。フロントで新聞を見せてもらうと、二つの地元紙がカラー版で一面トップに大きく「ナバラ・フェスティバルの開始を飾った日本の伝統芸術、大書道」、「墨象作家松田朴伝氏は、彼の内部の世界を書道にして表現、観衆を魅了した」という見出しで昨夜のオープニング・パフォーマンスの写真が紹介されていた。また、昨夜のテレビでその時の様子が放映されたらしく、多くの人に声を掛けられた。

午前十一時個展会場に行くと、担当者から「隣の部屋の壁面にも作品を書いてくれないか」と。現在開催中の個展会場と全く同じ広さの壁面で、延べ約五十米程の壁面である。折角の要請なので快諾した。現在の会場が抽象作品でまとめているので、隣の部屋は文字性作品でまとめる事にした。

当初は時間を掛けてじっくりと作品を仕上げる予定でいたが、多くの観客が見守る中、やはり見せ場が必要ということで、赤と黒の朴伝オリジナルカラーで全ての壁面を走りながら一気に書き上げていった。また「昨夜のパフォーマンスを見て感動した、あの作品を私の大学に寄贈して貰えまいか」と国立ナバラ大学の副学長が尋ねてきた。担当者に昨夜のパフォーマンス作品がどうなったかを尋ねてみると、「作品を夜そのままにしてて少し汚れたのと、大きすぎて運搬が困難」とのこと。大学側が大変残念がるので、「私が大学へ出掛け展示する場所を見てその場で書きましょう」と答えると、「それは有難い、是非お願いしたい」ということになり、画家のコルド・セバスチャン氏の案内でナバラ大学へ出掛けた。緑豊かな広い大学校内には、学内を訪れた有名な 彫刻家の作品が方々に展示してある。展示場所を探しその場に合った作品を後日描くことにした。幸い図書館の両壁面が空いているので、ここを展示場所にすることで合意。図書館と言ってもモダンなコンクリートの打ちっぱなしを基調としたアーチ型の天井で、体育館を思わせる大きな建物である。その両側に二・五×五米のキャンバス作品を二点寄贈する事にした。

八月一日、日本では最も暑いこの時期、スペインで涼しい日々を過ごしている私は何となく申し訳ない気がしていた。今日はコルド氏の案内で、パンブローナから車で約二時間、大西洋に面した町ビルバオに案内して頂いた。スペイン情報誌に出ていた美術館を見て、もし近ければ是非行ってみたいとお願いしたのである。ビルバオの町は古い石造りの建物と、新しい現代建築がうまくマッチした素敵な街である。街の中心部を流れる川の辺に突然現れた巨大な金属のオブジェ、これが私の衝動をかき立てたグッゲンハイム美術館である。その巨大な建物は目の前の川とその横の高速道路をも抱き込んだ、スケールの大きな建造物でビルバオの町を世界的に有名にしたと言われている。私自身これまでに世界各地の美術館を見てきたが、これほどの建物は初めてである。さすがにスペインは芸術の本場だ。世界の巨匠ピカソが昔暮らした町が、このビルバオの隣町にあるという。美術館自体が巨大な作品だが、内部に入るとこれまた凄い、世界の巨匠と言われる作品が事も無げに展示され、現代美術の最先端をいく抽象作品群とうまくマッチしている。今回私がスペインに来て得た最大の収穫は、これらの作品に出会えた喜びであり、自然に体の震えを感じていた。やはりスペインは私にとって憧れの国である事を証明してくれた瞬間であった。

ナバラ大学での作品制作、フェスティバル最終日のパフォーマンス等を終え、八月四日夜マドリードヘ戻った。六日、今回お世話になったペドロ氏、真砂子ご夫妻と最後の晩餐を王宮アルメリア広場にて夜遅くまで楽しんだ。個展では一日の平均入場者千人という多忙の日々を懐かしみ、只々感謝。[スペイン紀行終]
(月刊「書の美」2002年12月号より)