[ 2003.06.01 ]
初めて海外で個展を開いてからもう二十六年になる。サンフランシスコがそのスタートだった。初めて見るサンフランシスコの街はおとぎの国を思わせた。

洗練された街並みのデザイン、カラフルなファッション、美術館で観る世界のアート等、見るもの聞くもの全てが強烈なインパクトを私に与えてくれた。これを契機に世界各地での個展や現地アーティストとの交流展がスタートし、それと同時にいろんな国の街並みに接していろいろ考えさせられる事が増えていった。

特にヨーロッパでは街の至る所に絵画や彫刻があり、古い街並みと一体化して生活にとけ込んでいるのだ。街全体が美術館と化しているのである。子供達の笑頗も美しい、輝く瞳がある。これらの環境を見ているとヨーロッパから世界美術界の巨匠の多くを輩出してきたのも、うなずけるような気がする。

韓国では昌原市を案内されて驚いた。街の至る所に彫刻が展示されているのである。市の中心街を歩くと十メートル間隔ぐらいで彫刻が展示されている。現地作家に尋ねてみると、国の政策の一環として、新築ビルの建設にあたり必ずその前に彫刻を設置しなければならない義務があるのだと言う。また韓国では幼児のときか ら美術に触れさせる機会を多くする教育方針を採っている。美術館には毎日幼稚園児から小・中・高生が訪れ、先生の説明に熱心に耳を傾け、作品を観ながら目を輝かせている。

以前日本の小学校を訪問した際、『教育基本方針』の分厚い冊子を拝見させて頂いた事がある。その総則の一部を抜粋すると〈児童 の興味や関心を重んじ、自主的、自発的な学習をするよう指導する〉〈個性豊かな文化の創造と民主的な社会、平和的な国際社会に貢献できるよう育成する〉云々とある。

しかしながら現実の日本では、古き良き街並みが次々と破壊され、景観を無視した公共工事に税金がばらまかれる経済中心の政策が採られているのである。そこには将来の日本を担う子供達の個性と創造の育成と云う視点がすっぽりと抜け落ちているのである。そして最も危惧するのが、美術・芸術の時間が削減されている事である。受験に必要な科目に照準を合わせた授業が主流になっている。進学に必要な科目は主に知的能力、記憶力を要求されるが、芸術的な分野は感情の育成、思考力、創造力を要求される。この知と情の心のバランスが欠けてきたところに、現社会の歪みがあり子供達にストレスが生じてきた原因が有るのではないだろうか。

事は急を要す。我が国に於いても純真な子供の「夢」を育てる土壌が今こそ必要なのだ。
(月刊「書の美」2003年6月号『徒然なるままに』より)